読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

モルヒネ

日々是精進也、単なる走り書き

生きるということ

ここ2、3年、「生きる」ということについて、イヤと言うほど考えさせられるようになりました。

 

30代までの私は、人の死に直面したのは祖父母が亡くなった時だけで、先日まで幸いにも他の誰の訃報も耳に入ることもなく過ごしてきました。

(正確には2人ほど、同級生が亡くなったと聞きましたが、特に交流があった人ではなかったので、若い死に驚きはしましたが、そこまででした)

 

数年前から祖母の認知症が酷くなり、その有様を聞かされたり、今では施設に入りただ寝たきりで「生かされてる」という現実に、老いる、生きるとは。と考えさせられるようになり。

 

2年前から自分があちこち悪くして通院、薬漬けになり。

 

その間、母の友人が癌になったり、叔父が心臓病で手術をしたり、まあいろいろありましたが。

 

先日、中学校の同級生が亡くなりました。

同じクラスで、かなり仲良くしていた(と、私は思っていた)男の子です。

若い頃から持病と闘いながら、夢を叶えた矢先の出来事でした。

 

しかし彼とは中学校卒業以来、会うことはありませんでした。

朧げな記憶では、成人式前後に一度か二度、飲み会で会ったような気もするのですが…曖昧です。

 

それでも中学の時は確かに、よく遊んだしいろんな話をした人です。

一つだけ特別な思い出もある人です。

 

とりあえず卒業以来とするならば27年振りにやっと会えた42歳になった彼は、棺桶の中で眠っていました。

なんなんでしょう、この再会は。

 

たくさんの同級生にも会いました。

それこそ小学校卒業以来の人もいましたが、意外と名前も顔も覚えているもので。

12歳や15歳で止まっていた彼らとの時間が、友人の死で突然動き出したことに、私の頭も心も全くついていけませんでした。

 

そのせいか、その場では涙が出ることもありませんでした。

現実味がまるでなくて。

みんながワンワン泣いてる中、私は、シワができて髪が薄くなり、太ってたり逆に痩せたり、歳を重ねた同級生たちを不思議な気持ちで見ているしかできなかったのです。

 

お通夜から一週間が過ぎた頃

突然涙が溢れて止まらなくなる、ということが起こりました。

私の知る限りの彼を思い出してワンワン泣きました。

数時間ほど泣くだけ泣いたらピタリと涙が止まったのです。

それ以来、ウルっとは来ても、泣いていません。

ああ、もしかしたら、彼がお別れに来てくれたのかな、と勝手に思っています。

 

 

何十年も会えてなくても、まあいつかまた会えるだろう、なんて気楽に考えていても、こんな風に突然、二度と会えなくなることも確かにあるのです。

だから、会いたいと思う人には会っておかないといけない。

もうこんな再会はしたくないから。

 

自分自身も、そして大切な家族も、友達も、みんな「老衰」で大往生でこの世を去ることができますように。

ただ歩いてるだけでも車が突っ込んでくるこのご時世、なかなか難しいことかもしれないけど。

心身の健康、そして生きるということ以上に尊いことはない。

 

改めてそう強く感じました。